<コラム連載>
~私がIC(インテリアコーディネーター)になるまで~
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さて、前回の続きです。
*前回のお話↓
http://s.ameblo.jp/slowday/entry-12176536269.html
念願の建築&インテリア業界に入り、
晴れてインテリアコーディネーターの試験にも
合格した私。
インテリアコーディネーターの試験に
合格すると、
インテリアコーディネーター協会という所から
「インテリアジョイントフェスティバル」
というイベントに招待してもらえます。
(今はどうなんだろう??)
内容は、ホテルの見学会やお食事会、
メーカーからの商品案内などで、
インテリア業界の求人もありました。
いくつか求人の資料をもらったのですが、
ある求人がとても気になりました。
それは、
「SIマンションの
専属インテリアコーディネーター」
の募集でした。
当時、SI住宅が話題になっていました。
SIとは、スケルトン・インフィルの略で、
構造体と内装を分離した工法のこと。
お仕着せの間取りではなく、住む人の好みや
ライフスタイルに合わせて間取りや内装を
作ることができる!と建築系の雑誌でもよく
取り上げられており、気になっていました。
で、募集にエントリーし、面接を受けることに。
いざ面接の部屋に入ってみると、
なんとそこにいらっしゃったのは、
村上英子先生!!
(*画像はこちら↓
からお借りしました。
上のリンクから先生が戦後女性の自立を目指して
奮闘された様子を垣間見ることができます。)
コーディネーターじゃない人は知らないと
思うのですが、
(若いICも知らない人多いかな??)
村上英子先生といえば、
現在のインテリアコーディネーター業界の
礎を築かれた方。
「な、なんで村上先生がーーーっΣ(゚д゚lll)」
と、一気に緊張がMAXに!!
村上先生の何もかも見抜くような鋭い眼光を前に、
まるで蛇ににらまれたカエル状態。(違うか)
緊張しまくって面接内容はあまり覚えてないの
ですが(笑)、話した中で記憶にあるのは、
SI住宅に興味があったこと、
村上先生に
「あなたが知っているインテリアメーカーを
教え下さい。」
と聞かれ、
「(日本)フクラ」と答えたこと。
そして、スクールの卒業演習や、
(*作品ここにも載せています↓
バイトしてたハウスメーカーの設計事務で作った、
図面やパースなど、未経験だったので、
私の持っているものをとりあえずアピール。
ガチガチの面接が終わり、最後に村上先生に、
「あなた、ほんとはもっと明るい方よね?」
と言われ、初めてほっと顔がゆるんで笑顔に^^
よっぽど固まってたんだろうなー(笑)。
で、面接結果は、なんと
合格
やった!
なんかすごいところに受かったかも。
私が最年少でした。
*村上先生とは結局5年ほど?一緒にお仕事
をさせていただいたのですが、
のちにこんなありがたいお言葉を
いただきました。
「面接の日、あなたはとても新鮮で清潔で、
ぜひ一緒に仕事をしたいと思いました。
その時の印象のまま素直に成長して
くださいました。
(少し強くなったかしら?)」
でね、
そのインテリアコーディネーターの組織を作るに
あたり、村上先生のある想いがありまして。
それは、ベテランから新人まであらゆる経験をもった
インテリアコーディネーターのピラミッド組織をつくり、
新人はベテランから、ベテランも新人からお互い
もっているものを教えあって切磋琢磨するというもの。
特に、新人を育てたいという想いがあったのだと思います。
普通、何かの仕事でフリーのコーディネーターが
集まっても、お互い「食うか食われるか」の世界
なので(笑)、
自ら進んで教えるということはあまりないと思います。
(会社に属するのコーディネーターだと別だと思いますが)
そんな村上先生の想いのもとに集まった組織だったので、
先輩方に本当にたくさんのことを教わり、
スポンジが水を吸収するように、日々知識が増えていった
ことを思い出します。
インテリアの知識や接客のことなどありとあらゆること。
何気ない先輩の会話も本当に勉強になるんですよね~。
そうそう、
もうすぐお客さまとの接客が始まるというとき
先輩に、
「(お客様に)分からないこと聞かれたら、
どうしたらいいんですか???」
と聞いたら、先輩が、
「そんなん、ハッタリでええねん♪」
って言うので、
「えーっ、ハッタリってどういうことですかー??」
と言って、笑われたり。(笑)
初めての接客打合せでは、
手が震えて文字が書けなかったり。
初めての何気ない日常会話ができなくて、
いきなり本題に入ったり。
ウブな時代もあったなー(笑)。
でも、かなり戸数の多いマンションだったので、
数をこなすうちにだいぶ慣れてきましたね。
もう、インテリアコーディネーターデビューの
環境としては理想的でした。
しかも、そのマンションが社運を賭けた
一大プロジェクトだったので、熱い人が多くて。
施主・施工会社・インテリアコーディネーター
すべての関係者が大きな船に乗って航海してる
ような気分でした^^
で、その仕事も契約期間があったので、
そろそろ終わりに近づき、「次どうするの?」
という話になった時、
「別のところで経験積もうかなー。」
と話すと、
そのマンションを販売していた不動産会社の
社員にならないかというお話をいただき、
入社することになりました。
そこで、マンションを購入されたお客様向けの
インテリア販売会の企画や、
マンション・戸建てのモデルルームのコーディネート
などなど、ほぼ一人の部署だったので割と自由に
働かせてもらっていました。
出産を機に退職するまで、その会社には人間としても
成長させてもらい、本当に感謝しています☆
それから上の子が1歳になった時にフリーになり、
今に至ります。
子育てと仕事のバランスはいつも模索していますが、
そろそろ仕事の比重も増やせるかなーと、
今はワクワクしています^^
今小さい子がいてモヤモヤしていても大丈夫。
その時できる範囲で、ちょっとづつでも続けていれば、
また違った景色が見えてくると思いますよ☆
私は今、やりたいことが広がって。
次のワクワクに向かって、進んでいこうと思います♪
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<おまけ>
バイトしていたハウスメーカーの設計事務ですが、
コーディネーターの試験に受かり、面接も通ったので、
結局1年で辞めたんですね。
でも、目指していたのはコーディネーターであり、
次のステップに進むということで、
愚痴られることもなく(笑)、
送迎会もしてもらいました。
そして、36色入りのSTAEDTLERの水彩色鉛筆と、
スケッチブックのプレゼントまでいただき。。。><
なんてこった。泣けるやん。
設計士さんたちには、ほんとよくしてもらいました。
思ったことズバズバ言っても、笑ってくれたし。
色んなこと教えてもらったし。
設計する人って、基本的にまじめで、
物事を深く考えてる人が多いので、落ち着きます。
営業さんより好きだったなー。(←ひとこと多い)
陶芸家目指していたときは何してもダメだったのに、
コーディネーターを目指した途端、
黄金の道が用意されていた。(←大げさ・笑)
もちろん、行動したからだけどね。
これからもあちこちぶつかりながら、
気づいていくんだろうな。
それが「生きている」ということ。
experience is everything.
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最後までお読みいただき、ありがとうございました!
こんな私ですが、
これからもよろしくお願いいたします☆